STARLOG #308, 2003 Mar. P57-61
Rider of Roham by IAN SPELLING
「僕はダンジョンズ&ドラゴンズ世代の一人だ」と、二つの塔と王の帰還でエオメルを演じたカール・アーバンは認める。「そう、僕の友達もそうだったんだけれど、僕は指輪物語を12才の時に読んだんだ。その後、ピーター・ジャクソンが映画を撮っていると聞いて、もう一度読み返してみた。僕はこの話の一部になることを切望していた。こういった叙事詩的な作品の一部になること、子供のように楽しんだ絵になること、それは思うに僕の少年時代の夢だったんだ。だから、この映画に参加しないかと電話を貰った時は驚いたよ。彼等はもう7カ月も撮影をしていて、僕はこの映画に参加する機会を失ってしまったと思っていたんだ。ピーターは僕の出演した”ミルクのお値段”の監督をしたハリー・シンクレアの親友だったんだ。ハリーはミルクのお値段のラフカットをピーターに見せた。それが僕がエオメル役を貰った直接のきっかけだったと思う」
アーバンにとって、それは生涯の体験となった。「僕は沢山、沢山、ほんっとうに沢山の経験を積んだんだ」彼は言う。「まず最初に、役者として、この映画の中での数々のシーンのいくつかについて話そうか。まず僕にはバーナード・ヒルやイアン・マッケラン、ヴィゴ・モーテンセンのような熟練者が、いかに演技するのかについて見ているという特権を授かったんだ。僕はセオデン王(ヒル)がガンダルフ(マッケラン)の助けを借りて魔法から目覚めるシーンを見た。そのシーンの最後で、イアンはバーナードに近付いて抱きついて、こう言ったんだ。「こんないい仕事、長い間見てなかったよ」
「僕は現場でヴィゴの仕事ぶりを見、そして彼がどうやって自然に役を掴むのかを見た。全てのシーンにおいて彼は役を表現していて、そしてすごく微妙にその抑揚を変えているんだ。彼は常に現場を検証し、それを熟考し、そして彼は新鮮さと自然さとを彼がその意味を考え抜いた結果としてそのシーンに表現する。それと同時に、彼はディレクターに贅沢な選択の自由を与えた。ピーターは3つの話を一度に同時に撮影した。彼は映画の歴史史上、これまで誰も試みなかった何かに挑戦したんだ。毎日、彼は7つか8つのモニターを自分の前に据えていた。自分の目の前のユニットだけじゃなく、近接した場所で行われている関連した4つのユニットから情報を受けていたんだ」
「彼は携帯電話と無線でもって直接、指導していた」アーバンは説明する。「でも、仕事の途中であっても彼の所に行って、自分の役柄に関した質問やら何やら、聞く事ができるし、彼はそれに対して的確な答をくれる。よく、ユーモアも交えてくれるよ。彼は偉大な、ドライなユーモアの持ち主でね、とてつもないブラクユーモアの持ち主さ。僕はピーターが冷静さを失った所を見たことがない。一度もだ。彼はローハンの撮影時に監督として最も困難な、大変な状況に何度か直面した。ローハンは美しい、黄金の典型的な原野なんだ。ところが翌日、そこは雪に被われていた。ピーターはこう言ったよ。「OK、まず僕らがやらなければならないのは雪を溶かすことだな。ここにカメラを据えるぞ。ここに男達を配して・・・」で、僕は言ったんだ。「ちょっと待って!どういう事だい?雪を溶かす?」で、15分もしたらそこには30人の男達が大きな火を吹くヒーターを持って雪を溶かしていたんだ。で、1時間半後、皆準備オッケーだった。泥を跳ねさせることもなかったよ。ピーターは決して挫けないんだ。」
オークキラー
エオメルはFotRには出ていない。しかし二つの塔と王の帰還でその存在を示している。セオデン王の甥、騎兵達の長にして高貴なる戦士。エオメルはサルマンとサウロンの仮借ない力からローハンの民と国土を守る為なら死も厭わない。しかしエオメルはジレンマに直面する。彼は叔父を愛し尊敬しているが、セオデン王はサルマンの魔術に惑わされて心の殻に閉じこもってしまっているのだ。
「エオメルはそれに対して憤懣を感じているんだ」30才のニュージーランド人、アーバンは言う。「彼は彼の王の命令に反しなければこの状況において何をする事もできない。素晴らしい筋書きだ。それこそがサルマンが仕組んだ筋書きなんだ。彼はエオールの家に楔を打ち込み、そこから入り込んで征服しようとしているんだ。僕達がエオメルに出会う時、僕らは彼の不満を感じる。そしてセオデン王がサルマンの走狗である蛇の舌(グリマ)の策略によって、緊張病者の状態に陥らされているのを知る。そしてエオメルは自ら策略に落ち、たった一人この反乱に身を投じることになる。この役柄では、演じる事がとても沢山あった。そこには多くの内容があり、素晴らしい俳優達と共演するチャンスが与えられた。エオメルの仕事はオークキラーだ。彼は出陣し、敵から国境を守る。彼は高潔な人間だ。彼はせっかちで、傲慢で、そして強情者だ。それと同時に、僕らは彼の別の面を見ることができる。彼はとても哀れみ深く、世話好きで、情に脆くて寛大なんだ。
アーバンは撮影を通して、エオメルの様々な面を作り上げていく事ができたと付け加えた。ジャクソンは、その莫大な作業量にも関わらず自然に振る舞うように気に掛け、そして即興で周囲を鼓舞した。「僕らがエドラスのシーンを撮影していた時、ピーターが僕に言ったんだ。「何かが足りないような気がするんだ。これは戦争に行く軍隊で、僕らには何かが欠けているんだ」アーバンは思い返した。「それで僕らは本を見直して、ピーターはいくつかの要素を書き足して言った。「じゃ、こうやって」文字どおりカメラが回る5分前に、僕はこの新しいセリフを頭に入れていた。僕は彼にこう冗談を言ったんだ。「ここで僕らは大規模で大掛かりなハリウッド映画に取り組んでいるけれど、”ミルクのお値段”とさして違わない気がするよ」それはかつてピーターがやっていたのと同じような作品だった。それは小規模で、僅か150万ドルのニュージーランドフィルムの作品だった。ピーターは笑って、僕らはちょっとした賭けをやったんだ」
「ピーターの凄い所は彼がコラボレーターだって事さ。彼は共同作業に対して抵抗がないんだ。台本をより良くすると思われるアイデアや指摘を携えて彼の所に誰でも行く事ができる。彼は、君の興味と彼の興味が台詞を明瞭にし、簡潔にし、可能な限り良い物にするに十分な機敏さを持ち合わせている。しかし同時に彼は作家と、彼等の書いた物をとても尊敬している。だから彼はとても興奮していて、そして自分が何を欲しているのかをちゃんと分かっていた。彼は自分が幸せを感じるまで身を削った。彼は完璧主義なんだ。僕はこれまでに、自分の作品に対してあれほどの完璧さを求める監督と一緒に仕事をした事がない。ピーターは音、視覚的効果、カメラ、登場人物、衣装、全てについて知っていた。彼こそ、全てを指揮できる人物なんだ」
騎兵の長
アーバンは二つの塔における彼の時間のかなりの部分を馬の背の上で過ごした。それは彼のこれまでの毎日の生活で慣れ親しんだものではなかった。「僕はこの撮影の前まで、ごく僅かな乗馬経験しか持っていなかった。そして乗馬は、僕がエオメルという役柄に入っていく為の鍵だった。僕はエオメルという役の土台を立ち上げた。その土台とは、騎兵としての彼の能力そのものだった。エオメルはJ.R.R.トールキンによって、完成された騎兵として描かれている。結果として、僕はこの人物が持っていてしかるべきレベルの騎乗能力と優秀さを獲得する為に多くの時間と労力を割いた。調教師達は素晴らしかった。彼等はこう言ったんだ。「もしこのレベルにまで到達することが出来たなら、きみはエオメルを演じる事ができるよ。その全てを演じる事が出来る」僕は自分の好きなように馬を走らせる域にまで達することができて、ちょっと自慢で幸せだよ。思うに、この映画の撮影の中で僕が一番面白かったいくつかの瞬間というのはエドラスの撮影をしていた時で、両側を山脈が平行に走る氷河の谷だ。僕らは3作目用の撮影をここでした。そこでは隊列を組んだ150の騎兵が大きな縦隊を組み、先頭にはセオデン王、アラゴルン、レゴラス、ギムリと僕を頂き、出陣していく。まさに壮観な眺めだよ。僕が言いたいのは「なんて仕事なんだ!」ってとこかな。それは素晴らしい気分だった。地上には150頭の馬の轟きが響き渡り、僕らは隊列を組んで出陣する所だった。それは特別な経験だった」
指輪の映画の為の身体的な準備を通して、少なくとももう1つの非日常的な経験をした。特別というより、面白かった。「僕の準備というのはまさに動きまくるものだった」アーバンは説明した。「ある日、僕はセットに居て、剣術をある人から教わっていた。彼はどこかに行ってしまって、そしたら彼の若い弟子が来て言ったんだ。「彼が誰だか、分かってるかい?」僕は答えた。「もちろん。ボブ・アンダーソンだ」彼は言った。「そう、ボブ・アンダーソンだ」僕は言った。「だから何?」彼は答えた。「あの人はエロール.フリンを指導したんだ」僕はこう言った。「あ、そう。それで?」彼はさらにこう言った。「あの人はダース・ベイダーだ」僕はこんなんだったよ。「冗談言うなよ!じゃあ彼はあのコスチュームの中に居たのかい?なんてこった、僕はまさにダースベイダーと剣を合わせたんだ。なんてカッコイイんだ!」
(アンダーソンのインタビューはスターログ#252を参照)
「でも、僕のトレーニングは本当にヒマなしだったよ。乗馬のトレーニングを除いてね。剣による戦闘をこなす為に、ほんのちょっとした時間でもあれば、僕はスタントコーディネーターと一緒に練習して過ごしていた。この作品では文化によって、それぞれの文化独自の戦闘スタイルというものがあるんだ。僕のは血まみれで、汚い戦い方さ」
高貴なる戦士
ロードオブザリングはアーバンにとって、このタイプの作品としては最初の出演作ではない。この俳優は、ジーナ:戦士の姫において多くのエピソードにキューピッドやジュリアス・シーザーといった役柄で出演している。彼はまた、ヘラクレス:伝説の旅においてキューピッド役として出演しており、同じ出演者達によって撮影されたアマゾン・ハイにも出演している。もっと最近では彼はホラー映画のデモンズ2001やゴーストシップに出ている。アーバンは、ジーナやヘラクレスなどの早期の仕事が、ロードオブザリングの仕事をするにあたって、いくつかの面において彼にとっては非常に役立っていると言っている。
「僕は役者になって10年になる。そしてこれまでにやってきた仕事一つ一つから、色んな事を学んで来た」そう彼は述べる。「これまでに得て来た全ての経験が、ロード・オブ・ザ・リングでエオメルという役に取り組むに当たって、僕の下地になっているんだ。ジーナとヘラクレスには違いがない。ロード・オブ.ザ・リングの撮影計画が立案されるにあたって、この映画に携わった殆どの人々は、これまでとは全く違った新しい作品を手掛けたんだ。彼等は彼等がこれまでに、それらの作品で学んで来た作品よりも良いものを作り上げ、またそれらがロード・オブ・ザ・リングに合うように改良した。ジーナとヘラクレスは僕にとって良い経験だった。多くのニュージーランドの俳優にとって、安定した仕事だったんだ。そして国際的にブレイクした多くのニュージーランド俳優達も、これらのシリーズで仕事をしていたんだ。ニュージーランドの映画産業はちょっと小さいから、同じショウで働き続けるのは止めざるを得なくなるんだ」
ゴーストシップの為に、アーバンは闇の城のリリースについてはあまり語らなかった。「ちょっといつもとは違った経験だったよ。それはあんまり真剣に取り上げたいと思うような映画じゃない。ある種軽い、安易な映画で、人々が自分の頭を切り落とすような代物さ。僕は切り落としはしなかったけどね。ミンチにされたよ。それが僕の運命だった。面白かったよ。僕の仕事の最高の面はね、常に新しい技術を得続けていることさ。ロード・オブ・ザ・リングでは乗馬、ゴースト・シップでは潜水といったようにね」
だがやはり、彼の関心はといえばこの3部作だ。「ロード・オブ・ザ・リングは僕がこれまでに関わってきた作品とは全然違う」彼は言う。「スタッフ達が持っていた絶対的な情熱、それはまさに未曾有のものだ。僕は未だかつて、撮影スタッフが本のコピーを持って歩き回っている作品になんて出会った事がない。スクリプトを持って歩き回る仲間を見かけないだろ。彼等はほとんどの場合、原作になんか関心を示さないんだ。「カメラを合わせて、照明を据えて、さあ、撮影しようか」ってな感じかな。ロード・オブ・ザ・リングではっきりしていた事、それはスタッフが一緒に仕事をする様々な物によって鼓舞されていたって事さ。そういった物が、この取りつかれたともいえる好奇心をスタッフに根付かせたんだ。それらは、彼等がそこで何をしているのかを知らしめるのに必要だったんだよ」
アーバンはロード・オブ・ザ・リングという映画が彼に与えてくれた全ての大変な機会の全てに対して感謝している。その場で彼が得た友情から、プロデューザーやディレクター達の目に、彼の公のプロフィールが映る可能性が増えた事、ー監督であるピーター、そして残りは物語りを本のページから映像へと変換したキャストと撮影スタッフから感じたプレッシャー。「申し分ないレベルにするには、本当に凄いプレッシャーがあったんだ」彼は認める。「僕らはこの小説が、この地上で最も偉大な小説の一つである事を嫌という程知っている。文句なしのレベルに仕上げるという要求と必要性があった。僕が思うに、ピーターはそれをやり遂げたと思うね。ピーターと皆ーコスチュームデザイナーのNgila・ディクソン、WETAのFX指揮者のリチャード・テイラー、そして役者達ーはトールキンが12年という歳月をかけて書き上げたこの3部作の本質を描き出すという途方もない仕事をやり遂げたんだ。この3部作は何百万といファンの人々を抱えているんだ」
「僕は、人々はFotRに失望はしなかったと思う」カール・アーバンはこう説明した。「人々がそこに居るわけじゃないけど、劇場で映画は凄い衝撃を与えたし、DVDの驚異的な売り上げの事もある。それを見れば、君にもFotRは受け入れられたと判るよね。でも、そこにはほんとうに凄いプレッシャーがあった。僕らにとってじゃない、ファンからのプレッシャーだよ。でも、ニューラインはこの映画に本当に片足丸まる、突っ込んだんだ。FotRの興業が失敗していたらどうなっていたか・・・って考えると、震えが来るよ。もし、神が許してくれるなら、だけど・・・映画がうまく出来なかったらね。これまでの映画史上、誰一人として3部作を一度に撮ろうなんてしなかった。普通はまず1作作って、その反響を見て、それから残りを撮影する。だからこの映画は本当に、本当に、スタジオからベッドまで弾丸のように動き回ったピーターと、そして素晴らしい撮影スタッフチームの賜物なんだよ。